コラム 「多体系」    文=千秋 健

人間には脳、心臓、肝臓、骨、筋肉、目、舌…と、様々な器官が秩序ある「系」をなして生きています。
その器官を作っている細胞にも様々な器官が「系」をなしています。
細胞の器官をなしている分子も「系」をなしています。
自然には階層構造があり、各階層には固有の生命があると考えられます。
しかも、それぞれの生命=系とその構成要素とは互いに影響し合い、新しい高次の秩序を醸し出します。
醸し出された新しい秩序は個々の構成要素に働きかけ、協同して働く力を与え、高められた新しい系=生命を作り出します。こうしたフィードバック・ループの回転が自然です。
地球の表面の生命圏全体、もっと拡大していけば進化をしているこの宇宙のような大きいな階層にまで、固有の秩序と秩序の形成能、すなわち生命力=系があるといえます。
このような階層構造を持った自然が働いていく仕組みは大変複雑です。
私たちは「農」を通じ、ミクロには農作物の生育を…マクロには食と健康を、更には人間と自然の「系」の関係を模索し、新しい息吹を創造すべく「湧くプロジェクト」を立ち上げました。

出会い…は、三年も前になります。
四十五年ぶりに帰郷した田舎での集まりで出会ったのが百姓・吉田爺です。
冬場なのに、真っ黒に日焼けし精力的に自説を主張する吉田爺は齢よりも若く感じました。 豪邸を建てた…人として噂は聞いていて興味があったので、初対面にもかかわらず一宿の宿をお願いし泊めていただいたのが、吉田爺と筆者の出会いです。
奥さんの車で案内された吉田邸は暗くてその全容は確認できませんでしたが、土間のある玄関は広く、吹き抜けの天井は高く、梁や柱の大きさに圧倒されました。
その夜は床に付き、一夜を過ごしました。
翌朝、囲炉裏の前で朝食をご馳走になり、吉田爺のお家自慢を聞いたのですが、その分野には全く知識も関心もない筆者に苛立ったのか、ちょっと!と言って吉田爺が立ち上がり外に出てしまいました。
梁や大黒柱の大きさ、中でも横幅二メートル近い襖の戸が一枚板と聴き、さぞかし大きな木だったのだろうと想像するのが精一杯の筆者です。
後に知ったことですが、吉田爺はこの家を建てるのに材料集めに二十年、家の設計はもちろん、建築の細部にも自分のこだわりを貫徹したそうです。
そのこだわりとは、家もまた生き物である…という百姓としての吉田爺のものの考え方が貫徹されています。決して絢爛豪華というのではなく、生き物のとしての家を求めた結果の豪邸なのです。 外から戻った吉田爺は裏の畑からとってきたシシトウとピーマンを差し出し、そのまま齧ってみろと言うのです。
言われるままに齧った時…… 
四十五年前の記憶が、感覚が、味覚が筆者を包み込みました。

コラム 「多体系」